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浦和地方裁判所 昭和55年(わ)1149号 決定

主文

弁護人から証拠調の請求があった被告人の弁護人宛手紙一四通を採用して取り調べる。

理由

第一当事者の主張

弁護人から取調請求があった被告人の弁護人宛手紙一四通(弁護人証拠請求番号7ないし21―以下これを本件手紙と略称する)の証拠能力に関する当事者の主張は、検察官及び弁護人がそれぞれ提出した各意見書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

第二当裁判所の判断

本件手紙の証拠能力について当裁判所は次のとおり判断する。

一  まず本件手紙が刑訴法三二二条一項にいわゆる被告人が作成した供述書に当たるか否かについて考察するのに、刑訴規則一九二条に基づいて弁護人から本件手紙の提示を受け、その外観及び記載内容を検討したところによると、本件手紙は、昭和五五年八月二五日付起訴状記載の第一の公訴事実、すなわち、被告人が、佐藤朝三を殺害しようと企て、昭和四八年七月下旬ころ、埼玉県熊谷市《番地省略》所在の同人方二階西側六畳間において、ダルマジャッキで同人の頭頂部を強打し、更に仰向けに転倒した同人の頭部・顔面を三回位強打して頭部粉砕骨折に伴う脳挫傷により即死させ、もって同人を殺害したとの殺人の事実(以下これを佐藤朝三殺しの事件という)及び昭和五一年五月四日付起訴状記載の第一の公訴事実、すなわち、被告人が、田島不二夫を殺害してその預金通帳等を強取しようと企て、昭和四九年二月二二日ころの午後五時ころ、埼玉県大里郡川本村大字田中三五九番地の二先の荒川河川敷において、重量約七キログラムの石塊をもって同人の頭頂部を一回殴打し、さらにその場に転倒した同人の前頭部を同石塊をもって数回殴打するなどの暴行を加え、よって即時同所において同人を脳髄質挫傷により死亡させて殺害したうえ、同日午後七時ころ、熊谷市大字御稜威ヶ原五九九番地先の山林脇路上において、同所に駐車した普通乗用自動車内の同人の死体から同人所有にかかる普通預金通帳一冊および同人名義の印鑑一個を奪い取ってこれを強取したとの強盗殺人の事実(以下これを田島殺しの事件という)並びに昭和五一年一二月一三日付起訴状記載の公訴事実、すなわち、被告人は、小林隆雄から預っていた現金二〇〇万円を佐藤朝三と共に勝手に費消したことから、右小林にその返済を強く迫られて困窮していたものであるが、同人を殺害してその返済を免れようと企て、佐藤朝三と共謀のうえ、昭和四七年二月一三日ころの午後九時三〇分ころ、埼玉県大里郡川本村大字長在家字南台二、九四五番地先路上において、所携の金槌をもって右小林の頭部を数回殴打し、よって即時同所において同人を大脳髄質挫傷により死亡させて殺害し、もって右支払いを免れて同金員相当額の不法の利益を得たとの強盗殺人の事実(以下これを小林殺しの事件という)について、被告人が弁護人に対し犯行に至った経緯、犯行の方法及び犯行後の状況を詳細に記述説明した一連の書信であって、これが刑訴法三二二条一項にいわゆる被告人が作成した供述書に当たることは明らかである。

二  次に本件手紙が刑訴法三二二条一項にいわゆる被告人に不利益な事実の承認を内容とするものであるか否かについて考察するのに、右法条に被告人に不利益な事実の承認とあるのは、英米法のアドミッションに相当するとされているのであるが、アドミッションについて一般に説明されているところを参酌すると、刑訴法三二二条一項が被告人に不利益な事実の承認を内容とする被告人作成の供述書などに証拠能力を認めているのは、他の証拠と相俟って公訴犯罪事実の立証に役立つ事実を認める被告人の供述、換言すれば本来無罪が推定されている被告人の立場からすると自己矛盾というべき被告人の供述―その不利益性は無罪の推定を受けているという被告人の立場から当然に導き出される―について、裁判所に証拠資料として検討の機会を与えるためと解されるから、被告人の特定の供述の不利益性は、その供述がなされた時点における被告人の従前の主張あるいは供述の具体的内容と対比してこれを判断すべきではなく、専ら無罪の推定を受けている被告人の立場からするとその供述が自己矛盾の供述に当たるといえるか否かという観点からこれを決すべきところ、本件手紙の記載内容は、小林殺しの事件については、被告人の従前の全面自白と比較して特に変化した内容のものではないが、佐藤朝三殺しの事件については、被告人の単独犯行ではなく、長谷部金蔵、田島不二夫と共同して犯したものであり、田島殺しの事件については、長谷部金蔵と共同して犯したものであると述べるなど、検察官が主張するように被告人の従前の全面自白を後退させたものではあるけれども、被告人が右各事件について共同正犯として加功したことは自認する内容のものであるから、さきに説示したところに照らすと、その記載内容は被告人に不利益な事実の承認に当たるといわなければならない。

三  なお、本件手紙の記載内容をなす被告人に不利益な事実の承認が任意になされたものではないとの疑いをさし挾むべき根拠は全く存しない。

以上検討の結果によると、本件手紙が刑訴法三二二条一項該当書面として証拠能力を有することは否定できない。

第三結論

以上の次第であるから、本件手紙は証拠としてこれを採用することとし、主文のとおり決定する。

なお、当裁判所が本件手紙を証拠として採用したのは、真実発見のためこれを証拠資料として検討の対象とするためであって、その記載内容を措信すべきものと判断したためではない。被告人の従前の全面自白と佐藤朝三殺し、田島殺しの各事件についてその自白を後退させた本件手紙のいずれが信用に値するかは、今後の審理の過程において慎重に判断すべき事柄である。当然のことではあるが、誤解を避けるため一言付言しておく。

(裁判長裁判官 阿蘇成人 裁判官 中島尚志 久我泰博)

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